2025年6月4日

あしたを耕す者たち
第4回
かみ添・嘉戸浩(唐紙作家)

 

視点を変える 浮かび上がる輪郭

 

京都生まれの嘉戸浩さん。グラフィックデザインを学びにアメリカに留学し、デザイン事務所で就職。最新の技術に日々刺激を受けながらも、ふらりと立ち寄った活版印刷の工房の匂い、印刷機に向かう職人の姿に惹かれてもいたそう。

帰国後、京都で創業400年の唐紙の老舗にて修業のち2009年に独立。京都西陣の一角、元散髪屋だった空間に店舗兼工房として「かみ添」を構えた。

現在では神社仏閣の襖などの修復から、現代アーティストとのコラボレーションまで幅広く活動されている嘉戸さん。NPO法人TOMORROW代表の徳田佳世さんとの共同制作歴が一番長い職人でもある。

TOMORROW事務局の橋詰隼弥さんと共に、かみ添で行われた取材では、嘉戸さんの仕事への目線と、あしたの畑の先に広がる地平線が重なった。

 

 

初顔合わせは温泉で

徳田さんが京都に移住されて初めて出会った職人が嘉戸さんなんですよね。

京都に来られて最初の仕事に選んでくださったと思います。僕もかみ添を始めてすぐのことで、当時はかみ添のこと誰も知らなかったと思いますよ。

元サッカー日本代表選手の中田英寿さんが日本の工芸を盛り上げるために年に一度開催されていた「TAKE ACTION CHARITY GALA」で徳田さんがアドバイザリーボードに指名され、彼女と彫刻家の須田悦弘さんと僕でその企画に出展する作品を共同制作することになったんです。

 

 

共同作業はどのように進められたのですか?

初めての打ち合わせに、3人で温泉行ったんですよ。「下呂温泉行こう」と言われて。驚いたんですけど(笑)。仕事どうこうっていうよりかは、まず一緒に温泉入ってご飯食べよう、と。須田さんと2人で「何すんやろうね~」なんて湯船につかりながら話して、仲良くはなりましたけど。

 

 

須田さんとはその時…。

初対面ですよ。僕からしたら衝撃でしたね。「最初の打ち合わせ、温泉なんや」と。

そういう場を設けていくのが徳田さんですね。最初から「じゃあ何を作りましょう」と会議室で打ち合わせしても、緊張するじゃないですか。けれど、温泉入って、ご飯食べながら、こんなことができたらいいねとアイデアがどんどん湧いて。結果、その時話したことが8割形になった感じがしますね。

ただ、作品にしていくまでのそこからの過程が一番大変なんですけどね。

 

「雪椿図衝立」 ©JUNICHI TAKAHASHI/TAKE ACTION FOUNDATION

「朝顔蔓図衝立」©Junichi Takahashi/TAKE ACTION FOUNDATION

2つの衝立を作ったんです。須田さんは椿と朝顔を彫刻で彫られて。朝顔の花の背景の唐紙には朝顔の蔦と葉の紋様を刷って、そこから彫刻の朝顔が顔をだしているようにして。椿には雪を降らせて。雪の中に椿の花があるように見せて。春夏と秋冬の対の衝立にしたんです。須田さんとの共同制作は楽しくて、いいものができました。

 

 

嘉戸さんがいい仕事ができたと思うのはどんな時ですか。

あまり無理しない仕事というか。唐紙っていうものをこねくり回すのではなく、ちょっとずらすだけで、新鮮に見えることがあるじゃないですか。新しいことをしようと思ったら、つい異素材への展開を考えがちですけど、そうではなく。本来の襖の唐紙を若干ずらすだけ…。

例えば置き場所を変えるだけでも意味合いが変わってくるじゃないですか。そうすることで色んな人が急に見て下さるようになったり。そういう仕事が個人的には好きですね。

とはいえ、できあがった僕らの作品は一番地味でしたね。大規模なチャリティーパーティーでは、派手なものが目立つし好まれるし。来る人もお茶室に来てるわけじゃないですしね。うちだけ別物でした。なんだか今も変わらずそれに近しいことをしてる気はしますね。

 

 

 

 

2025年「あしたの畑」プロジェクト

韓国の文化遺産研究所ONJIUM(オンジウム)と組み、朝鮮時代の宮廷で使われていた「四君子牡丹文様」を屏風に表現することに取り組んでいますね。織で表現された紋様を紙に転写させる過程はどのようなものですか?

文様のデータをお借りして、それをパソコンで図案におこします。もらったものそのままでは図案化できないんです。唐紙は、一枚ずつずらして刷りながら、模様が繋がっていくように見せないといけないので。その繋ぎ目を合わせるように微調整する作業が必要になるんです。誰も気づかないところなんですけど。

版木の寸法は幅1尺5寸(約45cm)と基本的に決まってるので、それに収まるように少しだけ角度変えたり、余白のバランスや模様の比率を変えたり、若干歪ませたり。でも、変えすぎてはいけないし。図案化はそこが1番大変ですね。

 

 

みんな元々あるデザインをそのまま転写したと思っているけれど。

そうそう。表には見えない仕事がたくさんあります。

その上で、ここまで綺麗に織りの紋様が紙に転写できる、というところを見てもらいたいなと思います。日本らしいもの作りを見てほしいので、普段と変わらず、きっちり、しっかり、ぴちっと作る、という意識ですね。ONJIUMの皆さんもそこを見て下さると思うので。

 

インタビュー当日に到着したばかりの「四君子牡丹文様」版木

腕の良い職人になりたい

どんな基準で仕事を引き受けますか?

例えば超大手企業の商品開発とか、そういう仕事を受けたら一生食べていけるとは思うのですけど。そもそも物理的に無理じゃないですか。毎月何十万部納品、みたいな仕事は。

人を雇って大きくするという選択肢もありますけど、興味がないんですね。広げていこうとは全く思わなくて。仕事の質を高める方を求めて、どんどん掘っていきたいですね。

 

 

職人でありたいと普段から仰ってますね

そう。感性よりも技術を認められたい。
感性や感覚って人によって違うじゃないですか。でも技術はそうじゃない。

例えば僕らの仕事には、文化財の修復がありますよね。そういう時って、「そこの職人面白いことしてるから、ちょっと頼んでみよう」という流れには絶対ならないんです。僕も経験があるんですけど。まず、何も言わずに「この試作を作ってくれ」と仕事を持ち込まれる。それで、提出した試作を見てから「もう1回やってみろ」と依頼が来て。ようやく腕が認められたら、「(本番の)これ作って」となる。もう技術しか見られていない。僕はそういう仕事が好きですね。

知識とか技術とか経験が溜まっていくと、仕事の幅が広がるじゃないですか。そうすると急に変化球の仕事の依頼がきても、焦らなくなる。それが大きいかもしれないですね。センスだけでいくと、いざ段違いの質を求められる仕事が来た時に焦ると思うんですよ。でも技術の土台さえあれば、どんな仕事もできる。要は三角形の底辺をしっかり広げるイメージですね。

 

嘉戸浩さん。かみ添にて。

本質はずらさない

独立されて16年。かみ添の世界を深めていらっしゃいますね。

独立後は基礎から始めたかったので、胡粉(ごふん)染めから始めました。それができたら次はその上に雲母(きら)刷りを重ねる作業ばかりしてましたね。そうすると質感の違う白が重なった唐紙ができあがるんです。その白同士の組み合わせが珍しいとよく言われるんですけど、実は基本中の基本なんです。それが(多色刷りが一般的になった)現代には逆に新鮮なだけで。僕は古典に戻っただけなんです。

足し算ってごまかせる部分もありますよね。例えば料理なら、まず素材の野菜が美味しかったら、味付けは要らないくらい。逆に素材が悪い時は、味付けを濃くしてごまかすこともある。そんな感覚ですね。何も足さずに、「これ綺麗だね、面白いね」と言ってもらうのはとても大変だけど、そこを目指したいですよね。

先ほど話していた、「若干ずらす」というのは、そういうことです。新しく唐紙で立体作品を作るわけではなく、少し見せ方を変えるだけで、新鮮に見えて本来の美しさがより際立つ。そういう部分を面白がってくれる人たちと仕事するのは楽しいですね。

 

間人紙について

間人紙の顔料を見つけた時のお話を聞かせて下さい。

見つけた…というか、土を掘ったのは橋詰くんだったよね。

(橋詰)その時、丹後らしいものを探してたんです。オレンジがかった土を掘り当てた時に、(丹後の「丹」が「赤」という意味なので)良いかなと思って、嘉戸さんにサンプルで送ったら、すごい綺麗に色がでたって。でも大変だったんですよね?

 

まず素材の掃除が大変ですね。ただの土の状態から顔料に精錬するまでの過程。また今度はそれをもう一度絵の具の状態に戻さないと使えないので。

でもできあがった色と紙みて、「これはほんま、めちゃくちゃ綺麗やな」と思いましたね。あしたの畑の僕の仕事は、これでほぼ完成かと。でもこの紙も反応薄いのはなんでかな。(笑)

 

竹野神社の社務所に展示した、丹後の土で化粧した襖。その顔料を漉き込んだ間人紙は、この秋公開される「紙の部屋」にも使用される予定。

作家は徳田佳世

あしたの畑の活動にずっと携わられているのは、徳田さんが見ている世界に共感されたからですか?

僕は好きですね。彼女のやろうとしていること。とても難しいけれど。

結局ね、作家はね、徳田佳世なんですよ。色んな仕事見てると、彼女の大きな作品を作っているのがよく分かる。まず徳田さんの構想してる大きな世界があって、それを形づけるために、色んな作家、建築家、職人がいる。彼らが作った作品と傍目には見えますけど、実はそうではなく、大きな建築を支える柱の一本一本なんですよね。最終的には、全体を囲む環境を作っている。

墓地を作りたいというのも初期から言ってましたよね。

 

 

それを聞いてどう思いましたか。

徳田さんらしいなと思いました。

最初会った頃は「キュレーターって展覧会作る人やろ」と単純な考えだったのですけど、彼女は全然違う

彼女の作ってきたものを見ると、素晴らしいものをたくさん生み出していますよね。今一緒にしているあしたの畑は、規模からしても最後のプロジェクトになるかもしれない。何が生まれるか興味ありますよ。「僕が面白いもの作りたい」とかそういう個人的な動機ではなくて。

多分まだ完成は先じゃないですか。変な話、完成する時に僕はいないかもしれないけど、最後に何が出来上がるのかが楽しみですよね。

 

かみ添にて。奥には須田悦弘さんの作品が。

聞き手:吉澤朋(文化の翻訳家)

「雪椿図衝立」 ©JUNICHI TAKAHASHI/TAKE ACTION FOUNDATION

「朝顔蔓図衝立」©Junichi Takahashi/TAKE ACTION FOUNDATION

インタビュー当日に到着したばかりの「四君子牡丹文様」版木

嘉戸浩さん。かみ添にて。

竹野神社の社務所に展示した、丹後の土で化粧した襖。その顔料を漉き込んだ間人紙は、この秋公開される「紙の部屋」にも使用される予定。

かみ添にて。奥には須田悦弘さんの作品が。